2017年から2018年にかけて、ソーシャルレンディングでは数々の事件が起こりました。
その元凶となったのが、いわゆる「借り手企業の匿名化問題」です。
匿名化問題は2019年3月に金融庁が匿名化を解除したことで一応の解決を見ました。
この記事では匿名化が解除されるまでにどのような経緯をたどったかを紹介します。
ソーシャルレンディングの発展の過程で何があったかを伝え残します。
タップできる目次
ソーシャルレンディングの借り手企業の匿名化とは?
「借り手企業の匿名化」って何のこと?
匿名化をよく知らない方のために簡単に説明します。(ご存知の方は次の章へ!)
ソーシャルレンディングにおける借り手企業の匿名化とは、ザックリ言うと、
- 貸金業法に違反しないために
- 借り手企業が具体的に何という会社なのか
- 分からないようにする
ことです。
ササッと簡単に説明します!
ソーシャルレンディングと貸金業法
ソーシャルレンディングでは、投資家がソシャレン業者を通して企業にお金を貸します。
この行為が貸金業務に当たると判断される場合、投資家は貸金業者の登録をする必要があります。(貸金業法第3条)
しかし、登録には5千万円以上の純資産が必要などハードルが高く、すべての投資家が貸金業者として登録するのは非現実的です。
このため、ソーシャルレンディングにおいて、この貸金業法の問題が長らくグレーゾーンとなっていました。
金融庁の匿名化指導
そして、2014年に金融庁がソーシャルレンディング各社に対し、いわゆる「匿名化の指導」を行いました。
これにより、以下の3条件を満たす場合、投資家は貸金業務を行っていないと見なされることになりました。
- 投資家とソシャレン業者が匿名組合契約を結ぶ
- 一つの案件での貸付先を複数にする
- 投資家が貸付先企業が分からないようにする
この3つ目が「借り手企業の匿名化」です。
何という会社にお金を貸すのか、投資家に分からないようにする(匿名化)ってことだよ!
分からない会社にお金を貸すことに
匿名化でソーシャルレンディングはどうなったの?
借り手企業の匿名化によって、ソシャレン業者は借り手企業をアルファベットで表記するようになりました。
これにより、投資家は自分のお金を貸す相手が具体的に何という会社か、知ることができなくなりました。
普通、誰だか分からない人にお金を貸したりしませんよね?
ところがソーシャルレンディングでは、どこだか分からない会社にお金を貸す状態が長く続いてきたのです。
匿名化によって投資家は、相手が分からない状態での投資を強いられてきました!
借り手企業の匿名化の弊害
金融庁の指導により、投資家は借り手企業が何という会社なのかを知ることができなくなりました。
この匿名化がソーシャルレンディングで大きな弊害を生むことになります。
何が問題なのか説明するよ!
借り手企業の匿名化が不正の温床に
借り手企業の匿名化の最大の弊害は、匿名化が不正の温床になったことです。
例えば、投資家から集めた資金をソシャレン業者の親族企業に貸すとか。
集めたお金を投資家に事前に説明したのとは違う使途に流用するとか。
借り手が誰なのか分からないのを良いことに、悪意あるソシャレン業者が不正を行う余地が生まれてしまったのです。
そして、ついにそれが現実化しました。
匿名化が生み出した不正の温床が、投資家に多大な被害をもたらしました!
匿名化によるソーシャルレンディング業者の不祥事
ソーシャルレンディングでは2017年から2018年に数々の事件が起こりました。
そのうち、金融庁による匿名化が原因と考えられる事件を3つ挙げます。
これらの事件では多くの投資家が、すでに大きな被害を受けています。
匿名化で実際に被害が発生しました!
みんなのクレジット
投資家から集めたお金が、代表者が経営するグループ企業に貸し付けられました。
また、一部の資金は代表者の個人口座に振り込まれ、代表者の借金の返済に充てられていました。
さらに、募集した案件に実体がなく、集めた資金で以前の案件の返済を行うという、事実上の自転車操業になっていました。
未返済となっていた投資家のお金は、最終的に3%しか戻ってきませんでした。
ラッキーバンク
投資家から集めたお金の大半が、経営者の親族企業に貸し付けられていました。
また、すべての案件に不動産担保が付いていましたが、担保評価額が水増しされるなどの不正がありました。
ラッキーバンクは返済不能に陥り、最終的な被害総額は34億円。
被害に遭った投資家のお金は3割しか戻ってきませんでした。
トラストレンディング
投資家から20億円近くを集めた案件で事業実体がありませんでした。
また、投資家から集めた資金のうち16億円近くが、同社取締役の関連企業に流出していました。
投資家に返還されていないお金は数十億円に上っています。
事件に共通すること
なんでこんな事件が起こってしまったの?
これらの事件に共通するのは、見えないところで業者が好き勝手をしたことです。
親族企業に貸したり、自分の借金の返済に使ったり、資金を目的外に流用したり。
要は、匿名化で見えないのを良いことに、影でコソコソ悪事を働いた。
逆に言うと、匿名化などせずクリアに見える状態にしておけば、いくつかの事件は防げたはずです。
貸金業法との整合性を図る必要があったとはいえ、匿名化を指導した金融庁の責任は重大です。
貸金業法を適用せずに匿名化していなければ、投資家の被害は防げたはず!
ソーシャルレンディングの匿名化への政府の動き
一方、規制改革の側面から政府内でソーシャルレンディングの匿名化が取り上げられています。
ここでは、2018年2月から6月にかけての動きを見ます。
内閣府 規制改革推進会議
2018年2月27日に内閣府で開催された規制改革推進会議では、参加者から次のような意見が出されました。
貸金業法を適用することに無理がある
新経済連盟(代表 三木谷浩史楽天会長、副代表 藤田晋サイバーエージェント社長)は次のようにソーシャルレンディングの匿名化を批判しました。(出典:クラウドファンディングに係る規制改革要望 PDF、太字とカッコ内は筆者)
- 投資家にとって投資対象が不明確となり、投資家の保護が十分に図られない
- (匿名化の理由は貸金業法の精神である「借り手の保護」だが)貸付型クラウドファンディング(=ソーシャルレンディング)の実態をみると、貸金業法の形式的な運用により借り手を保護する必要性がないだけでなく、かえって投資家保護が阻害される事態になっている
- (投資家は)比較的少額の余剰資金を投資する個人であり、事業者(=借り手企業)相手に(借金取り立ての)追い込みをかける意図はない
- (借り手は)情報を開示した上で投資家を集め、円滑な資金調達を実現したい
- (借り手は)事業者であり、個人から追い込みをかけられる懸念は持っていない
- 少なくとも現行の(ソーシャルレンディングに対する貸金業法の)運用は実態に即したものではない
- そもそも、現行の貸金業法は貸付型クラウドファンディング(=ソーシャルレンディング)という形態をまったく想定していない。そこに既存のスキームを無理やりあてはめようとした結果、無理が出ている
直球ド真ん中で金融庁を批判しています。
要約すると、
- 貸金業法はソーシャルレンディングが登場する前に制定された
- その貸金業法をソーシャルレンディングに無理に当てはめた
- その結果、投資家保護が図られるどころか、阻害されている
ということです。
ソシャレン投資家のすべてが、この新経連の提言に喝采を送ったはずです。
貸金業法を適用させたのが諸悪の根源。新経連の言う通りです!
非匿名化を可能にすべき
また、会議に参加した森・濱田松本法律事務所の増島雅和弁護士は、次のように指摘しています。(出典:Fintechの進展を踏まえた規制のあり方とクラウドファンディングに係る規制改革について PDF、太字とカッコ内は筆者)
- (借り手企業の匿名化について)企画部門(=金融庁)の公式見解では「そのような規制は存在しない」(としているが)
- 監督部門(貸金業者を監督する都道府県)の登録審査の現場では、(中略)複数化・匿名化を講ずる必要があるとの指導が行われている、と各事業者が指摘
- (企画部門=金融庁は)公式見解を繰り返すばかりで、監督部門(都道府県)に改善が見られない
- 貸金業者向け監督指針に貸付型クラウドファンディング(=ソーシャルレンディング)における非匿名化・個別型の案件が可能であることを前提とした監督上の留意事項を記載してはどうか
こちらも金融庁を痛烈に批判しながら、匿名化と複数化を廃止すべきと提言しています。
役人以外はみんな何が問題か分かっているってことね。
一番分かっているのは当の役人たちのはず。分かっているのに変えられないのが日本の役人文化なのかもね。
規制改革実施計画
そして、2018年6月15日に閣議決定された規制改革実施計画に、匿名化解除が盛り込まれました。(出典:規制改革実施計画 PDF)
この中の47ページで匿名化解除の方針が示されました。
要点を抜き出すと以下の通りです。
- 匿名化・複数化が必須ではないことを前提として、ソーシャルレンディング投資家の貸金業者登録を不要とする新たな方策を検討する
- その際、金融商品取引法の投資家保護と貸金業法の借り手保護を図る観点を踏まえる
- 貸金業法の考慮が必要となる場合を明確化する
- 平成30年度中に結論を出し実施する
役人の書く文章ってのは、どうにも分かりにくいですね。苦笑
つまり、
- 平成30年度中(2019年3月末まで)に
- 匿名化と複数化を不要とする
- 明確なルールを決める
ということです。
規制改革実施計画が閣議決定されたことにより、ソーシャルレンディングにおける借り手企業の匿名化が解除されることが決まりました。
2018年6月に匿名化解除の方針が示されたよ!
ついにソーシャルレンディングの匿名化が解除
そして、規制改革実施計画の閣議決定から9ヶ月後の2019年3月18日。
ついに、ソーシャルレンディングの匿名化が解除されました。
金融庁が示した新たな指針
ソシャレン事業者(非公開)が提出した法令適用事前確認手続(ノーアクションレター制度)に対する回答という形で、金融庁が指針を発表しました。
ポイントは以下の通りです。
- 投資家とソシャレン業者が匿名組合契約を結ぶ
- 投資家と借り手企業との接触を禁止する
- 接触した場合、投資家と借り手にペナルティを課す
この3条件を満たせば匿名化しなくて良い、つまり、企業名などを公表して良いということです。
これにより、ついに匿名化が解除されました。
借り手が何という会社なのか、やっと分かるようになりました!
ソーシャルレンディングの匿名化解除の経緯のまとめ
以上、ソーシャルレンディングにおける借り手企業の匿名化が解除されるまでの経緯を紹介しました。
最後に簡単にまとめておきます。
- ソーシャルレンディングの投資家が貸金業法に違反する恐れ
- それを回避するための方策の一つが借り手企業の匿名化
- しかし、匿名化が悪意あるソシャレン業者の不正の温床となった
- そして、実際に投資家の被害を生み出した
- 規制改革論議から2018年6月に匿名化解除の方針
- 2019年3月に金融庁が匿名化を解除
新経連が指摘した通り、ソーシャルレンディングに貸金業法を適用させたことがそもそもの誤りです。
それが100億円を超えるソシャレン投資家の被害を生み出しました。
ソーシャルレンディングの発展の過程でこういった出来事があったことを、投資家のみなさんの記憶にとどめてもらえればと思います。
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